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(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 4月 3日(木)23時44分5秒
  問題のレスについても削除させていただきました。

ディベートを通じての関係はいつでもどこでも変わりませんので、九州で勉強される
シマダさまも、今年希望の大学に合格されなかった方も、機会があれば交流できること
を願っております。
 


(無題)

 投稿者:シマダ  投稿日:2008年 4月 1日(火)00時10分59秒
  お返事ありがとうございます。

ずうずうしいようで申し訳ありませんが、管理人様のレスも削除できないでしょうか?

残念ながら僕は九州のほうの大学です。
ディベート仲間もT大狙ってた連中は撃沈です。
彼らは来年の歓迎会は出てくれるんじゃないでしょうか。
ですので来年またここに書き込んでその詳細を聞くと思います!
 
お得なプロバイダーとくとくBB

対応しました

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 3月28日(金)03時33分31秒
  >シマダさま
合格おめでとうございます。

事情は良く分かりませんが、対処させていただきました。
同投稿に対する僕のレスの中に苗字があがっているのですが、こちらも削除したほうがよろしいでしょうか?


話は変わりますが、来る4月5日に関東地区に来たディベート甲子園OBOGを歓迎するパーティーが企画されていますので、もし関東に進学されるようで興味がございましたら、ここに書き込むなりしていただければご案内さしあげますのでよろしくお願いします。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

(無題)

 投稿者:お久しぶりです  投稿日:2008年 3月28日(金)00時20分17秒
  二年前ここの掲示板にも大変お世話になったシマダユウキ(あえて漢字では書きません)です。
当時は管理人さんの日記の一言一句に耳を傾かせていものです。

さて時は流れ、僕も大学生となります。
私事で恐縮なんですが、この場で自分の本名をさらけ出しているのが非常にマズイ状況になってきたので、過去の書き込み(自分の本名の部分)を削除して頂けないでしょうか?

よろしくお願い致します。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

書き込みありがとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 2月27日(水)01時44分35秒
  >nabekentoさん
はじめまして。
四日市高校の現役生が返事できるとよいのですが、現在ディベート部に現役生が
いないようなので、代わってお返事させていただきます。
僕は2003年に四日市高校を卒業し、現在は東京で法科大学院に通っています。
そのため、現在の四日市高校については良く分からないのですが、僕が通って
いた頃は進学校でありながら部活動や学校祭など勉強以外のイベントに打ち込む
生徒が多く、楽しく過ごすことができました。学習面については中学校よりは
厳しくなったものの、先生も親身に指導してくださり、そこまで苦労することも
ないと思います(びっくりするほど勉強していた人もいましたが、人それぞれです)。

ただ、最近は四日市高校も進学実績が顕著に上がっており、同じく四日市高校に
通っていた弟の話や、卒業生として後輩の学習指導に伺ったときの様子などを見ると、
僕の頃よりかなり勉強面の負担が増えているような気はしましたが。

いずれにせよ、四日市高校はよい学校だと思いますよ。nabekentoさんが合格されて
いることを願っております。

P.S. 現在休部中なのですが、ディベートという競技もなかなか魅力的なので、もし
まだ部が存在しているようでしたら(昨年くらいに部員がいなくなったとか)友達を
誘って活動を再開してくれるとOBとしてうれしいのですが…
まあこれは気にしないでください
 
お得なプロバイダーとくとくBB

(無題)

 投稿者:nabekento  投稿日:2008年 2月24日(日)23時51分55秒
  今年、四日市高校を受験するものです。
正直高校での生活に期待感を持ちながら不安もいっぱいです。
そこでもしよろしければ学校の雰囲気など在校生にしかわからない
四日市高校をおしえてほしいなと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
 

私見への回答

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 9月13日(水)01時11分41秒
  >NAKO-Pさん

書き込みありがとうございます。
水曜日はいろいろあるので日記を書くのは木曜日になるかもしれません、と最初にお断りさせていただきます…。

では、書き込みについて僕の思うところを書かせていただきます。

1.よい議論云々に関して

僕が下で書いた内容は、介入的に指導してもいいことは何もないからそういうことはやめようという趣旨のものであって、NAKO-Pさんの意見とは何らの衝突もないように思います。
まずはそのことを確認させてください。原稿を作れば良い議論は回るかもしれない、ということを言いたいわけではありませんから。

その上で、原稿を作ってあげることの是非と、そのような慣行(以下ではこれが一部で存在していることを前提とします)が今後どのようになっていくかという点について見ていきます。

A)原稿を作ることの是非
原稿を作ることについて、少なくとも試合においてそのようなことをしても意味はないと思います。「原稿を越える能力」についても、それは自分で考えた議論を回す中ではじめて身につくのであって、与えられた議論を回すだけでは意味がないでしょう。立論は作ってあげるから反駁は自分たちで…といった一部介入方式でもおなじことです。なぜなら、ディベートにおける議論は全体が有機的に関連しているのであって、一部分を切り離して考えることはできないからです。

もっとも、指導方法として、原稿を与えるディベートが効果的である場面があるのかもしれません。いわゆるシナリオディベートが一定の効果を挙げているということは確かでしょう。ただ、それはあくまで予行演習であって、実際の試合でシナリオを読んでも仕方ないし、何よりそんなものは「試合」とは認められません。これは、ルールにおいて参加メンバーを制限したり外部との接触を禁止している趣旨からしても当然のことです。
(だから、僕は介入的指導を反則事由としてもいいと考えています。実際には証拠がない以上難しいとは思いますが、明文上禁止することが抑止的な効果を持つかもしれません)

*シナリオディベートについても、改良の余地があるのではないかと思っています。これはCoDA理事の久保さんがおっしゃっていたのですが、シナリオの一部(証拠資料など)を自分たちで選択して使わせるなどの、選択シナリオディベートという形を取ることで、より効果的にディベートに親しめるかもしれません。

なお、原稿を準備することで良い議論が回るかという点でいえば、指導者のディベートスキルが高ければそのようなことはありうるでしょう。少なくとも立論はそのまま読んでおしまいですし、反駁だってブリーフ化しておいてある程度使い方を仕込めば、そのまま勝ててしまうと思います(自分でいうのもなんですけど、昨年の炭素税論題であればJDAで準備した内容を完全に仕込んでしまえば母校は結構いい成績を残したと思います)。原稿を作ってもらっているチームが成功していないのは、それが徹底していないのと、そもそも原稿の作り手が能力不足(!)だったりするところにも理由があるでしょう。試合を聞いていても「どうせ仕込むならジャッジが感心するような議論を仕込めよ」とか思ったりしてしまいます(これは冗談です、念のため)。

ただ、僕が括弧つきで「良い議論」と書いているように、内容が立派だとしても、そんなものが良いのかといえばそれは違うでしょう。
また、議論を作ってもらっても、相手に合わせた回し方をしらなければ良い議論にはつながらない=原稿だけではダメ、というのもその通りです。ただ、上でも書いたように、上手い人が回し方まで仕込んでしまえば、残念ながら勝ててしまう――然るべき方法であれば会津高校にすら――と思います。だからこそ、ディベートで介入的指導をしてはならない。僕はそう考えます。

B)今後どうなっていくか
上で書いたように、原稿を作ってあげることが勝ちにつながってしまう(これは「良い」ことではないというのは既に述べたとおり)可能性があるのですが、それが今以上に拡大するかどうかは、正直分かりません。ただ、なくなることはないだろうと思います。

なぜなら、原稿を作る動機は、教育的かどうかということとは別次元のところにあると思われるからです。
既に述べているように、僕の現状分析によれば、原稿を作ってもらっているチームは必ずしもよい結果を残していません。中学についても、「教員が作成した立論が強くて相手が勝てない」という事実は僕の認識する限り存在していません。それは、チームを勝たせてあげられるような能力を持ったディベーターは、介入的指導の愚かしさに気づいているからではないかと思います。

では、なぜ原稿を作る指導者がいるのか。それは日記でも書いたように、自分のためだったりするのではないかと思うのです。この点では、学校の先生より学校のOBOGが後輩の議論に介入的になっているところがあるのではないでしょうか。要するに、後輩の勝ちを通じて自分が達成感を得るというものです(子どもに過度の期待をする親、といったところですか)。

このような動機で指導をしている人は、会津高校の素晴らしい試合を見ても、NAKO-Pさんの期待するようなことは感じないと思います。逆に、「自分もああいう試合を後輩にさせてあげたい」とか思う可能性だってあります。現に、僕は決勝戦の感想として書いたように「確かに会津はよい議論をしていたけど、改良すればもっと上をいけるな」と思ったわけですから。

ただ、会津高校のように自律的に取り組みを見せたチームの存在が、別の方向で介入的指導を押し留める効果を持っていることは確かでしょう。それはNAKO-Pさんのいうような理由です。良い試合を見て、自分たちもそうありたいと思えれば、ディベーターは「自分で」頑張ろうとするはずです。
とすれば、私たちにできることは、それを後押ししてあげること(決して介入ではなく!)と、そんなディベーターの気持ちを削ぐような介入的行為を許さないことではないでしょうか。つまり、スタッフ・指導者としての倫理を育てるということです。ここでの議論がそのような動きにつながれば、僕が問題提起した意味は十二分に達せられたと思っています。

2.地区の取り組みについて

これについても、NAKO-Pさんのおっしゃる「東北地区の取り組み」と、「地区意識の是非」という2点に分けて書きます。

A)東北地区の取り組み
これについては、先日も書いたように、素晴らしい取り組みであると感心させられています。実際に東北地区の大会にうかがわせていただいた時にも、東北のディベーターは幸せだなぁと実感させていただきました。これで参加校がもっと増えれば、東北地区はディベートパラダイス(?)になると思います(余談ですが、東北大ESSは既にディベートパラダイスのようです)。

B)地区意識の是非
僕が本当にいいたいことはこちらです。これは選手だけでなく、ディベートコミュニティ全体の問題として取り上げる必要があるからです。

地区対抗意識というのは、健全に働けばよい効果を発揮します。僕が現役時代のときは、証拠資料を交換し合ったり、たくさん練習試合をしたりして、地区内でライバルとして「一緒に」頑張ってきました(ちなみに、僕の全国大会はともに東海地区の高校に負けて終わりました)。そのことは今でもいい思い出です。

しかし、地区はあくまで「一緒に切磋琢磨する仲間」の一単位でしかなく、もっと上位の概念として「全国のディベーター」という集合を考えることができますし、ディベーターはそこに根っこを持たなければなりません。地区という存在は、別の地区を排斥するものであってはなりません。にもかかわらず、そのように考える人がいるように思われるのが残念だ、ということなのです。

それが現れている場面としてまず挙げられるのが、議論を隠す意識です。これは昔の話ですが、某支部で、地区大会に出てきた議論のラベルを掲示板に公開したら「情報を漏らすな」といったことでバッシングを浴びたチームがあったようです。そのほかにも「他の地区に議論をもらすな」ということはあるようですし、極論としては先日挙げた「他地区に練習試合に行くなんて…」といった妄言(!)もあります。

地区全体で協力するとか、一緒に頑張ってきた自分たちの地区を応援するということは、自然なことだし健全なことだと思います。しかし、そのような意識がディベーター全体という集団に求められる意識――ともに議論を高めあい、議論を通じて交流する――と矛盾するようであれば、それは偏狭的ナショナリズムにも似た、危険な思想といわざるをえません。僕はそのような地区意識を断固として拒否します。
*ただ、近年では様々な交流活動によってそれが緩和されつつあるのではないか…ということも確かに考えられます。これについては後述。

地区意識がよくない方向で出ているもう一つの場面は、スタッフの流動性が低いということです。自分の地区でしか手伝いをしない人が割といるという事実は、人材活用の点からも大きな損失です。もっとも、これは地区意識というより、地区の働きかけというところにあるのかもしれませんが。
何にせよ、全てのディベーターを心から応援する、という意識が大事です。その意味では、スタッフやジャッジとして大会にかかわるものは、特定の地区を応援するようなことは(少なくとも大会の中では)厳に慎むべきです。制度として出身地区のチームはジャッジしないということはありますが、大会期間中の振る舞いその他もディベーターに影響を与えているのだということを、スタッフやジャッジはもっと意識するべきです(とかいって僕も個人的に話したりすることはありますけど、最小限にとどめているつもりです)。

ここで、交流による悪しき対抗意識の解消という点について話を移します。
NAKO-Pさんのような取り組みは、生徒にとってとてもよいことだと思います。ディベートを通じて得られた仲間は、僕にとっても現在貴重な財産となっています。

ただ、ここで2点ほど指摘させていただくことがあります。これはNAKO-Pさんの取り組みではなく、交流という考え方・取り組みそのものに内在する問題です。

1点目に、ディベートにおける交流はあくまで「ディベートという競技を通じた交流」が主であるべきです。極端な話『ディベート大会に行ったら可愛い子がいたのでアドレス交換して仲良くなりました』なんてことは、交流と呼べるものではないだろう、ということです(まあ、個人的にはうらやましくもありますが……冗談です)。

僕は現役時代、他の地区の人々とはほとんど話しませんでした。レセプションでは食ってばかりだった(!)し、試合外で他地区の人と話した覚えも特にないです。しかし、それぞれの試合で対戦した相手のことはよく覚えています(今でも会うとその時の話をしたりします)し、議論を通じて彼らとかけがえのない絆を得られたと思っています。
はじめて他地区の名前をフローシートに書き込んだときの感動や、はじめて色紙をもらった時の喜び(その色紙を書いた人が弁論部の後輩として入ってくるサプライズ!)は、一生忘れることはないでしょう。僕の現役時代にはラバーズはありませんでしたが、彼らよりディベーターとの交流が乏しかったとは思いません(ラバーズを否定しているわけではないので念のため)。

ディベーターの交流って、本質的にはこういう部分にあるのではないでしょうか。だから、ディベーターがただ単に仲良くなることを「交流」と呼ぶのは、ちょっと違うのではないか。そう思うわけです。
別に現在のディベーターがそのような交流をしていない、と言いたいわけではありません。ただ、もっと「議論を通じた」交流が盛んになって初めて、偏狭な地区対抗意識を打破しうるつながりが形成されるのではないでしょうか。その意味では、現状の交流活動はまだ道半ば――今後の発展に期待したいところ――だと感じています。

2点目に、ディベーター間の交流が逆に障壁を作ってしまう可能性です。
これは日記で挙げた問題にも関係する、本質的な論点だと思っています。

ディベートコミュニティは、その規模の小ささから、相互に密接な関係を築き上げているところがあります。それは既存のディベート関係者にとっては心地よいものですが、反面新規参入者にとっては居心地の悪いものであるということを意識しなければなりません。
実際、新規参入者だった四日市高校ディベート部は、既存のチームとジャッジが仲良くしているのを見て、かなりの疎外感を感じました(きちんと僕たちにも指導してくれましたが)。また、全国大会にいけなかった年に交流会に行ったら全国の話ばかりをされて気分を害し、途中で消えた(!)こともありました。

交流によって特定の仲良し集団(語弊があるかもしれませんが)が形成されるとき、その集団が外部に対して排他的になってしまうことはよくあることです。
下でみゆきさんが挙げておられたような「初心者を笑う」ディベーターの存在も、自分たちと異質な存在に対する排除意識として捉えることができるでしょう。

この文脈でいえば、現在ディベート界の活性化に貢献しているディベートラバーズも、危険性を内包しているといえるかもしれません。というのも、彼らの構成員がほぼ全国出場メンバーであること、その交流会が全国大会でなされていること(そのくらいしか機会がないのでこれは仕方ないと言えばそうですが)を見ると、交流対象として想定されているのが、自分たちが知っている「全国区の」チームであるということになっている――少なくとも外部からはそう見える――ことです。
僕は彼らの活動趣旨を評価していますし、また彼らにどうこういう立場にはないのですが、「ディベート界の交流」を志向するのであれば、新規参入チームへの支援活動を企画したりするなど、既存の交流関係を打破する形での取り組みを強化すべきだと思います。

このように、現在の交流活動が「全てのディベーター」という視点で行われているかということは、常に意識していかなければならないと考えます。
特に、新規参入者がスムーズにディベートコミュニティに溶け込み、ともにディベートを楽しめるような環境を作ることは、喫緊の課題です。これを達成するためには、「健全な」地区意識によるサポート(東北地区のような)によるアプローチにプラスしての取り組みが求められていると思います。


以上、めちゃくちゃ長くなってしまいましたが、思うところを書きました。
日記でも同様のことを繰り返す部分があると思います。そのときにはもう少し整理して書ければと思っています。それでは。
 

問題提起に対する私見

 投稿者:NAKO-P  投稿日:2006年 9月12日(火)23時08分1秒
編集済
   こんばんは。NAKO-Pです。
 水曜日の日記を書かれるまでに応答しなければ、と思っていたのですが、やはりギリギリになってしまいました。

>重要なことは、良い議論が試合で回ることではなく、良い議論を作り出せる選手が出てくることです。

>一流のディベーターが全部原稿を作って、指導したチームにそれを回させるようにすれば、試合では「良い議論」が回ることになるでしょう。

 引用をわざと切りました。上記2点は実はリンクしていないからです。
 良い議論を作り出す、もしくは展開することのできるディベーターを作り出せることは大切だということで、この点は共通認識を持っていると思います。
 しかし、「原稿を準備し、それを使ってもらえば、良い議論が回るか」という点に関しては私は「そうはうまくはいかない」ことを実感しています。管理人さんも失敗談からそうでしたよね。
 なぜなら、相手が、想定通りの議論をしてくるとは限らないからです。

 ここで管理人さんは、幾つかの事例から「でも原稿を作れば…」と思うかもしれませんが、

(1)原稿を作って、かつ、繰り返し訓練することにより、知らず知らずに「良い議論を作り出せる」ようになっている。(=原稿を越える能力を身につけている)
(2)相手がたまたま、準備した原稿を乗り越える能力がない。

 おそらくこの両方だったのだと思います。
 中学のディベートは、残念ながらもう少しこの状態が続くと予想します。ですから、教員が作成した立論が強くて相手が勝てない、といったことが続くでしょう。
 しかし高校レベルでは、“準備した原稿”を乗り越える能力をもったチームが登場しつつあります。実際に会津高校がそれなのです。今回の決勝を見た多くのディベーターが、その点に気付いてくれて、その点を模範に感じてくれれば、ディベート界は発展すると予想します。

>そうしたディベーターの活躍を「地区の取り組み」という文脈で説明することは、危うい部分もあるのではないかとも思います。

 これについては、私の言葉足らずの部分があるので、付け加えます。

●彼らは、地区の取り組みから学んだことを、決勝の舞台で発揮してくれた。
 かつ、それは議論を良い方向に向かわせた。
 =>学んでくれた彼らの努力がまず誉められるべきであることは、当然の前提です
●上記のことから、それまでに行なってきた地区の取り組みの“方向性”は間違っていなかったと判断する。
●東北地区は各校が遠いので、「ディベートをするのでお越し下さい」と呼びかける際に、お金と時間がかかることを、毎回とても心苦しく思っていたのです。呼ぶ側にも来る側にもある負担は、当事者しかわからないかもしれません。しかし今後も「良い議論を作り出せる選手を育てる取り組み」と、自信をもってお誘いできます。
 正直、これだけお金と時間をかけてもらって、「その割りに勝てません」とか「そもそもディベート教育として方向性が間違っていますよ」なんて言われるような取り組みであるならば、早急に真剣に立て直す必要がありますから。ひとまずそれはなさそうだ、というだけでもありがたい、というのが本音です。

 更に「地区の取り組み」と「私(NAKO-P)の企画したこと」とは、意味が違います。敢えて「地区」と書いています。それは、私以外にたくさんいるディベーターが“複合的に互いを高めている”点も、他地区の方々に是非知って欲しいからです。
 決勝のスピーチという表面的なものだけではない部分にも目を向けて欲しいという気持ちで私のBlogにドキュメントを書いています。(が、もう手が回らなくなってきている…)

>現に、(東北地区ではない)ある地区のOBが、ブログで「(自分たちとは別の)〜地区に練習しあいに行くなんて有り得ない」などという、有り得ないほど排他的な記述をしていたのを見たことがあります。

>最近関東にいてよく思うのが、上京してきた関東では何もしないのに、地元に戻ってきたら熱心に活動する、というディベーターが多いということです。

 最後にこの点に関して。
 私が生徒を、各地に引率していくのは、本校OBの名言「ところ変われば立論変わる」を実感するためです。つまり、学校だけ、地区だけの取り組みは、視野を狭くし、論題を多角的に見ることを阻害します。
 関東も学校は多いのですが、議論を考える視野は狭いと思っています。
 恐らく、練習試合で勝った議論をみんなで使うようになって、知らず知らずに議論の幅が狭まり、単純化されてしまっているからではないかと予想しています。

 次に、大会に出場しても、対戦相手校の生徒と本校の生徒が友達になる、というところまでは至りません。今回河東中学校に2回行きましたが、1回目はほとんど何もしゃべれず、2回目で少し知り合える、そして3回目に会った全国では議論ができる、ような状態になりました。

 これが大人ですと、大会のあとの飲み会に行けばOKですw

 真剣に議論をぶつけあう試合も大事で必要なのですが、それを通じて生徒に成長をもたらすには、相手と交流を深めるまでに持って行ってあげたいと思っています(池田修先生が、ある本に書いてあったことも影響しています)。そのためには試合をするだけではダメで、試合外での交流が大切な役割を果たします。過去のOBOG達は、全国に来ても実質試合をして帰るだけでしたよね。しかも勝ち負けの縛りが強過ぎて。ラバーズが例外的なのでしょう。
 本校は来年、関東の春季大会ではなく、北海道の春季大会に出場し、前日入りして、北海道のディベーターと交流できたらどうかなあ、と思っています。

 こんな感じで、生徒同士、そしてディベートの指導者同士が、地区を越えて交流するような下地が整えば、相手地区のディベーターを尊重できる環境が整いますので、地区が対抗するような構図も自然と解消されるだろうと思っています。

 ということで、管理人さんの懸念が解消される方向への道の半ばにあると思っております。長くなりまして失礼しました。m(__)m

http://nako-p.cocolog-nifty.com/

 
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コメントありがとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 9月11日(月)21時53分53秒
  >チロタンさん

どうもはじめまして。
過分のお褒めのお言葉をいただきどうもありがとうございます。
ご期待に沿えるかは分かりませんが、早速僕の考えるところを書かせていただきます。

まず、1つ目の「ディベートは勝つためにやるべきだ」という主張について。

これについては、チロタンさんのおっしゃっている内容に共感するところがあります。勝利という結果が望ましさと符合すること、言い換えれば、マナーも含めて望ましいチームが勝てるような枠組を作っていくということが重要だと思います。

議論の内容については、ジャッジの講評がディベーターのあり方を大きく左右します。過去にもジャッジングに関する論考がいくつかある(例えばディベートフォーラム所収の文章『良いジャッジとはどうあるべきか』是澤2002など)のですが、ジャッジの質の向上がディベートの議論を向上させます。これは日記のほうでも書くのですが、ジャッジの質についてはもっとしっかり考えていく必要があるでしょう。僕も含めて、勉強不足のジャッジが多すぎる――これは、能力のないジャッジはいらないということではなく、もっと努力する必要があるだろうということです――という問題があると思います。議論を判断するジャッジという立場の人間が「あるべきディベートの姿」を考えずして、よいディベートがなされることはありません。
*紹介した文章はhttp://www.debateforum.org/2002/2d08_koresawa.pdf

マナーの点についても、もっと重視されるべきです。それを勝敗に入れることは、純粋な競技ディベートとしての観点から行くと難しい(ディベート甲子園のルールでは、勝敗の理由をメリット・デメリットに限っているのでより難しい)のですが、日記でも書いているとおり、僕はマナーも含めて投票理由に考慮すべきだという立場です。
ただし、ジャッジがこのような判断で勝敗をつけるということは、ジャッジについても高度な判断が求められるということです。その意味でも、ジャッジングのあり方などを考える機会がもっと持たれる必要があります。
また、マナーに関して言えば、「負けないように」マナーを守るようにする…というような考え方になってしまうとすれば、それはあまり意味のないことだと思います。形式的に握手をするのではなく、ディベーターとして相手に敬意を払うためにそうするのでなければならないはずです。とすれば、マナーの問題について本当に重要なことは、ディベートを通じて私たちは議論のあり方を学ぶのだということを選手の皆さんに感じていただけるよう努力することだということになるでしょう。

若干話がそれましたが、「ディベートは勝つためにやるべきだ」という主題に戻らせていただきます。
上述のように、勝利という形式と実質の間にある乖離を埋めるということは重要だと思います。しかし、勝利はあくまで試合における目標であり、ディベートをやる目的ではないはずです。なぜディベートをやっているのか、と問われて「試合で勝つため」と答える人はいません(他の競技でもそうでしょう)。それはあくまで「楽しいから」だったり「勉強になるから」だったりするわけで、試合という舞台の上で勝ちを目指すことと、舞台の上に上がることの目的は別にあるわけです。

確かに、勝ちを目指さなければ面白くないし、そのような目標がないとよい議論もできません。ですが、極端な話、寝て起きたら優勝していた、と言われてもうれしさはないわけです。試合で勝ちを目指すことと、ディベートで何を目指すかということは、別の次元の話です。勝つことを越えて「いいディベートをしたい」という人がたくさん出てきてくれれば、ディベートはもっと楽しくなると思います。そして、ジャッジやスタッフの側も、それをきちんと受け止めてあげるように努力すべきです。

2つ目の「むしろディベート甲子園の競技者席に監督を配置した方がよい」というご意見については、僕は賛同できません。以下、理由です。

監督が前に出れば介入が減るという点については、介入的指導は試合前に行われることはほとんどなので、おそらくそのようなことはないでしょう。介入が功を奏さずに見苦しい(!)姿を見せてしまう人は今でもいますし。
レベルが上がるという点についても、僕は非常に懐疑的です。現に介入を受けていると思われるチームのレベルが高いとは思えませんし。

さらにいうなら、監督という形でチームを指導することのあり方もどうかと思います。僕は監督というと「こういう議論をやれ」といった指令を回すようなイメージがあるのですが、日記でも書いたようにそんなことは教育的でもなんでもないし、選手にとって退屈でなりません。
指導者はディベートのやり方を教えるのであって、何を喋るべきかを教えるのは指導者の仕事ではないはずです。だから、試合の場で選手にどうこういうべきではありません。

競技人口に関しては、学校の先生への理解をいただくというのは効果的だと思います。しかし、そのことと監督制度は別の話であって、生徒をダシに使って(!)自分を満足させる指導者がいくら増えても仕方ないわけです。学校の先生に理解をいただくという点で言えば、ディベートの魅力や、適切な指導方法を普及させるということしかないでしょう。

初心者への取り組みという点では、横に教えてくれる人がいるというのはやりやすいかもしれません。上級者と初心者が組んでディベートをやるというのは、有効な指導方法です(実際そういうことをしたこともあります)。
しかし、試合においてまでそのようなことをする必要は無いわけで、初心者に上手くディベートをやってもらえるような指導方法の部分と、目標とする試合のルールは別物です。
さらにいうなら、黙ったままいるという経験をすることも、結構重要なことなんじゃないかという気がします。逃げ道があると成長しないという部分があるのではないでしょうか。


以上、思うところを書かせていただきました(日記で再論する部分もあると思います)。
ディベートのあり方、指導のあり方といった部分については、ディベーターの中でもっと議論されるべきです。特に後者については、僕もよく分からないところが大きいのでチロタンさんも含めて、経験者の方々にご教示いただいて、考えてみたいと思っているところです。

それでは失礼します。
また何かございましたら書き込んでいただけると幸いです。
 
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大事なポイントなのでわたしも参加します

 投稿者:チロタン  投稿日:2006年 9月11日(月)02時51分17秒
  はじめまして。
いつも「ディベート日記」を拝見させていたのですが、はじめて投稿させて頂きます。
今回の議論はとても興味深いですね。大事なポイントだと思います。

わたしの意見は、あえて管理人さんと逆を行きたいですね。そのほうがディベートっぽいし(笑)(きっと議論を続けていけば、管理人さんの意見にたどり着くと思うのですが・・。)

私の結論は、

1、ディベートは勝つためにやるべきだ。
2、むしろディベート甲子園の競技者席に監督を配置した方がよい。
ということです。うーん。見事に真っ向勝負だな・・。


1の理由は、そちらの方が面白くなるからです。

勝つ以外の目標がある、という意見が出てくるということは、「観客により共感を得た方」が勝てるようなルール・ジャッジになってないからじゃないのかな?「みゆき」サンの例で言うのなら、そんなに感じが悪かったのなら「笑ったほう」を負けるようにすべきでしょう。マナー点を引くという程度ではなく。


2の理由は、そちらの方がレベルが高くなることと、競技人口が増えることの両方が望めるからです。

監督が競技者席に出てくれば、介入しすぎの監督が減りますよ。介入しすぎてうまくいかない姿が競技中に前面に出てきますから。選手をおこったりとか不機嫌になったりとか(笑)。レベルが高い監督なら介入しすぎないし、より面白い議論が展開できるはずですよ。みんな経験を積んでレベルの高い監督へと成長するはずです。介入しすぎは、まだ監督として未熟なだけだと思います。

監督席が出来るなら学校の先生もモチベーションが上がるんじゃないのかな?競技人口が上がりそうですね。マイナー競技を学校の中で広げていくには、学校の先生を巻き込んでしまうのが一番手っ取り早い気がするし。

初心者学校も取り組みやすいですよ。監督がいてくれるのならとりあえず、黙ったまま3分4分っていうことは減りそうですし。相手校が笑うっていうこともなくなりそうですよ。

文章書くのは苦手なので、今日はコレくらいで。以上、某ディベート部元顧問より。


管理人さんへ。
今回はあえて反対しましたが、いつもあなたの日記を読ませていただいています。ディベート甲子園をやっている人にはいつも勧めています。熱い情熱と深い洞察。ディベート界のオピニオンリーダーだと尊敬していますので、今後も是非様々な意見提言を行ってください。乱文失礼致しました。
 
お得なプロバイダーとくとくBB

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