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日記の件について

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 9月 8日(金)21時15分41秒
  予想外の反響にびっくりといったところなのですが…。
日記に関してはまだ現状分析が続いてしまっているのですが、皆さんもいろいろと考えていただければ幸いです。

>みゆきさん

つまらない文章を読んでいただいているようで、どうもありがとうございます。

全国大会で不快な思いをしてしまったということで、スタッフとしても寂しい限りです。
対戦相手に対して失礼な行為を行うことは、議論を行う者としてやってはならないことです。そうしたマナーの部分は、議論の内容とも関係してくると思います。というのも、ジャッジとしてはそのような失礼なチームの議論を信用する気にはなれない(ひどい場合はそういった要素も議論の判断に考慮する余地があるというのが僕の立場です)し、目の前にいる対戦相手の気持ちも理解できない人間が、論題のアクションで影響を受ける人々のことを理解できるはずがないからです。
そういった出来事が二度と起こらないようになってほしいものです。

ディベートは相手をやりこめる競技じゃないんだ、ということは様々なディベート関連本に書いてあるのですが、その意味を本当に理解できていない選手も存在しているという現状があるのでしょう。ただ、それは必ずしも彼らが悪いということではなく、そのような認識を許してしまっている他のディベーター(ジャッジなど)にもあるのではないか、というのが僕の問題意識です。
みゆきさんも書かれているように、気持ちよく試合のできるようなディベートのあり方をどうやって構築していくのかということは、来年で大会開催12年目を迎えるディベート甲子園にとっても重要な課題だと思います。

もう選手としては引退されるようですが、また機会があれば選手を続けるとか、ジャッジ・スタッフとして大会を支えるなどして、この問題意識に向き合っていただければ幸いです。

>NAKO-Pさん

いつもお世話になっております。

良い議論のあり方については様々あると思います。これについては別途検討に値すると思いますが、今回の問題提起では別論として横に置いておくことにします。
重要なことは、良い議論が試合で回ることではなく、良い議論を作り出せる選手が出てくることです。一流のディベーターが全部原稿を作って、指導したチームにそれを回させるようにすれば、試合では「良い議論」が回ることになるでしょう。しかし、それが望ましいことかといえば、教育的にも、選手の気持ちとしても、何の意味もないことだと思います。その意味で、介入することは絶対的に許されないし、またそれは「良い議論を展開してもらうため」の行為ではないというのが僕の立場です。

東北地区の取り組みという点については、確かに近年の東北地区はよく頑張っていると思います。今年は会津高校が優勝したわけですが、彼らも素晴らしい試合を展開していました。
ただ、気分を害されたら申し訳ないのですが、そうしたディベーターの活躍を「地区の取り組み」という文脈で説明することは、危うい部分もあるのではないかとも思います。

その理由としては主に3点あります。
第一に、そのように地区という枠でチームを捉えることは、結局のところ『〜地区は弱い』といった構図を打破できていないということです。そんなことはないと思いますが、東北地区が強くなった今、強豪たる東北地区のチームが「〜地区は弱い」というなんてことが起こるのかもしれません。地区レベルでの取り組みが効果的であることは、東北地区が見事に証明したことではありますが、今後求められるのは地区という枠組を越えてディベート界を底上げしていくことでしょう(NAKO-Pさんがそのような問題意識も持ち合わせているということは承知しておりますが…)。
現に、(東北地区ではない)ある地区のOBが、ブログで「(自分たちとは別の)〜地区に練習しあいに行くなんて有り得ない」などという、有り得ないほど排他的な記述をしていたのを見たことがあります。地区レベルで連帯する意識は現に存在しますし、それが上手く作用することもあるでしょうが、少なくとも指導者たる立場の人間は、そういった考え方の危うさを認識しておく必要があるでしょう。

理由の第二としては、地区の取り組みを強調することは、チームの存在を後においやってしまう恐れがあるということです。日記の中でも書いていますが、ディベートは自分で責任を取って自分で頑張ることに面白さがあるのであり、そうした意識と、(実際には存在するとしても)「地区の努力」という要素を持ち込むことは緊張関係にあります。今年の会津高校の優勝は、あくまで彼らの努力があったからです。その背景として東北地区の皆さんの努力もあったということは確かでしょうが、まずは彼らの努力を称えてあげるべきだと思うわけです。ディベーターは地区のためにディベートをするのではないということです。

第三に、地区レベルでディベートを捉えることは、ディベートの発展にとって望ましくないということです。これは特に人材活用の点で問題があります。最近関東にいてよく思うのが、上京してきた関東では何もしないのに、地元に戻ってきたら熱心に活動する、というディベーターが多いということです。地元の方が知っているメンバーが多いので仕方ないといえばそれまでですが、「ディベーター」ではなく「地元のディベーター」のためにスタッフ・ジャッジをやるというのは、ちょっと違うような気もします。

東北地区の取り組みを否定するつもりはまったくないのですが、以上思ったことを書いてみました(「地区対抗意識の弊害」という論点は日記で書けていなかったので…)。東北地区のノウハウを全国に広めるなど、今後の展開に注目しております。
 


私も意見交換させて下さい

 投稿者:NAKO-P  投稿日:2006年 9月 8日(金)00時29分44秒
   NAKO-Pです。
 この議論は、とても気になっておりました。
 これを機に、皆さんと是非、建設的に、意見交換させて頂きたいです!

 現状分析に該当する(上)だと思いますので、続きを読み、管理人さんの考える方向性の提示を待ちます。ということで、一旦失礼します。m(__)m



>みゆきさん
 横から失礼します。m(__)m
 前回「道州制」が論題だった2001年、東北地区代表校のある生徒が会場の廊下で、別な地区の代表選手が「東北地区の学校が同じリーグにいるぜ。1勝は固いな(w」と言っていたのを聞いたそうです。その生徒は私に、怒りに満ちた悔しさを伝えてきました。私も悔しかったです。その年から、ディベーターの仲間同士で連携し、地区の底上げを図る活動を継続させてきました。そして奇しくも、5年経った今年の「道州制」論題での優勝校は、東北地区の代表校でした。
 ちなみに地区の底上げとは、地区のディベーターが試合の場で良い議論を展開してくれるようになること、だと私は思っております。その「良い議論」が「勝てる議論」なのか?それは「分かりやすい議論」と一致するのか、と、みんなで悩んでここまで来ました。
 そして、良い議論を展開してもらうためであっても、介入するのはまずいのではないか、とか、試合に勝つため“だけ”の議論は良い議論ではないだろう、というのが管理人さんの主張ではないかと受け取っています。そもそも良い議論とは何か、ということも合わせて、これを機に考えを深めたいです。 ではm(__)m

http://nako-p.cocolog-nifty.com/

 
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お邪魔します。

 投稿者:みゆき  投稿日:2006年 9月 7日(木)20時45分20秒
  いつも「ディベート日記」を拝見させて頂いています。
もう第一線(?)からは引いてしまいましたが、「考える」ことに対して真摯に向き合える機会を与えて頂けるので、こまめに日記を拝見しています。

今回の日記についてですが、とても考えさせられました。
というのも、今回の全国大会の地方予選で当たった学校の方に笑われた実体験があったからです。
立論・応答を担当してくれていた子はまだディベートを始めて間もなく、たしかに自分たちのチーム内でも不安は多々ありました。
ですが、相手の学校に笑われた瞬間の苛立ちは言葉にできないほどでした。
そのチームは全国で相当の成績を残されましたが、未だに釈然としない部分があります。(敗者のひがみかもしれませんが・・・)
議論の内容以前の問題として、マナーを守った上で気持ちの良い試合をしたいものです。

何が言いたいのか、という文章になってしまいましたが、要は「マナーを守った上で議論の内容も優れている」ディベートがしたいということでした。
そんなディベーターになれたら理想的ですが・・・。

お邪魔しました!
 
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いよいよ明日から全国大会

 投稿者:ガチャピン  投稿日:2006年 8月 4日(金)13時13分24秒
  一応全国大会に出場することになった某ディベート部です☆
皆さん元気してますか?(笑)
とうとう明日から全国大会緊張してます!!全国優勝できるかわかりませんが精一杯がんばりま〜す!!
 

ご要望ありがとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 7月27日(木)03時25分45秒
  >waさん

優勝予想ということですが、僕はディベート甲子園に出場する全チームの試合を見ているわけではありませんので、そのように大それたことはできません。というわけで、残念ながら優勝予想は難しそうです。どうもすいません。

もっとも、プロ野球の優勝予想であれば、今年こそ中日はやってくれると信じています。WBCで男を見せた福留が落合監督に2度目の優勝と日本一をプレゼントしてくれるはずです。そういうことは聞かれていないと思うのですが…
 
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(無題)

 投稿者:wa  投稿日:2006年 7月24日(月)13時28分29秒
  優勝予想を。  

資料について

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 7月13日(木)22時15分21秒
  >なっぺさん

ご質問の資料につきましては、実は関東大会でも質問があって、僕のほうでも調べてみました(これについては当HPのディベート部日記6月22日付記事をご参照ください)。
結論としては、バイメの名前での論文は存在しません。同紀要には地方財政関係と思われる論文が2編ありましたので、そのいずれかの中にバイメ氏のコメントあるいは孫引きとしての引用文がはいっているのではないかと思います。原典は実家に置いてあるので確認できないのですが、5年前に自分で打ち込んでいるので、文面としては間違いなく存在するはずです(というかあんな文面を捏造するだけの想像力はありませんので…)。

というわけで、一度紀要の論文に目を通していただければ、どこかにバイメ氏のコメントが見つかると思います。もっとも、引用の際には論文著者の名前を挙げた上で、その中にあるバイメ氏のコメントを引用すると断るようにしてください。
昔の引用方法が適切でなかったせいでご迷惑をお掛けしてどうもすいませんでした。当HPの断り書きにもありますが、過去の立論について出典の正確さは保障できませんので、注意して使用していただければ幸いです。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

はじめまして

 投稿者:なっぺ  投稿日:2006年 7月13日(木)21時16分58秒
  初めまして、なっぺと申します。
三重県内で一応ディベーターをしているものです。

早速なのですが、公開されている道州制の否定側立論中のバイメ氏の資料を見たくて探してみたのですが、明星大学経済学研究紀要第26巻第1号の中にはその資料がありませんでした。というよりも、バイメ氏という人すら見つかりませんでした。紀要を書いている方は全員日本人なのでは…?(表紙に著者が記されていたのですが、全員日本人の名前でした)と思いまして質問させて頂きました。
色々とお忙しいかとは思いますが、お返事を頂けると嬉しいです。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

書き込みありがとうございます

 投稿者:管理人  投稿日:2006年 7月 8日(土)22時44分12秒
  >ニーニャさん

質疑応答の内容は、立論の補足として扱われます。(ルール本則2条2項)
つまり、肯定側の応答内容は立論の一部として評価できるため、そこから生じるデメリットを論じること自体は可能です。つまり、質疑への応答に対する反駁や、そこから生じるデメリットは認められます。
もっとも、それは否定側立論で論じられるべきであって、第一反駁で述べる場合は(ターンアラウンドとなる場合を除いて)ニューアーギュメントとして除外されます。

>アツさん

どうもはじめまして。

内因性というのは、「現状に論題を採ることでしか解決しない問題があること」です。肯定側が論じている問題が「そもそも現状に存在しない」、あるいは「論題を取らなくても解決する」ということを論じればよいのです。以下、それぞれ道州制で簡単な例を示してみます。

1)現状にそもそも問題は存在しない
肯定側のメリットが「地方のニーズに合わない政治を正す」というものだった場合、否定側が「いや、現状でも地方はニーズが満たされていて、住民は満足している」と証明すれば、メリットはその前提を欠くため、評価できなくなります(もっとも、道州制でよりよくなるという可能性はありますが、その「独自の利点」を示すのは難しいでしょう)。

2)論題を取らなくても解決する問題である
肯定側が「行政の無駄をなくして歳出削減」というメリットを出した場合、否定側は「道州制をやらなくても、すでに無駄の削減はなされようとしている」と示せば、道州制がなくてもメリットは発生する=そのメリットは論題を肯定する理由にならない、ということになります。
注意すべきは、単に「論題以外でも何とかなる」というのではなく、その「論題以外の解決策」が実際に取られている、あるいは取られようとしていることを示す必要があります。否定側はルール上現状維持の立場しか取れないので、現在の政府の立場(これは「今のままの世界」というわけではなく「論題を取らない未来の世界」という意味です)でそうした解決策が取られない限り、否定側のスタンスとしては認められないからです。

以上のような視点がありうるところです。内因性への反駁は充分に意味があります。そもそも、内因性はメリットの構成要素ですから、それを否定できればメリットがなくなるのは当然です。上記のような攻撃をきちんと証明つきで出して、その上できちんと結論(肯定側の主張するような問題はそもそも存在しない、など)を述べることで、ジャッジは採用してくれます。
また、大きな議論として機能させたい場合は、解決性の議論と組み合わせるとよいでしょう。メリットを論じる上で、内因性と解決性は逆のことを述べることになります(例えば地域ニーズの話であれば、内因性は「現在地方のニーズが無視されている」で、解決性は「道州制で地方ニーズが実現される」となります)。ここで、否定側は内因性と解決性の両方に攻撃をかけることで、肯定側と逆のストーリーを描くことができます(例えば内因性に「現在地方のニーズは満たされている」、解決性に「道州制で中央の援助がなくなって地方のニーズが満たされなくなる」と攻撃するなど)。
あと、メリット分析の視点としては、内因性の証明が厚い場合は解決性の証明もその分難しくなる(大きな問題ほど解決しにくい)ということが一般的に言えますので、それを意識すると有効な議論につながります。時には、内因性に対する相手の再反駁を認めた上で、それを使って解決性を切るという選択もありうるところです。

最後に、反駁原稿の話ですが、作っておいた方が効率的に反駁できるのは間違いありません。別になくてもいいというのなら構いませんが、それで有効に反駁できないのなら、原稿を作ったほうがよいでしょう。試合では原稿を丸読みするのではなく、相手の議論に合わせて臨機応変にできるとなおよいです。
ちなみに、僕の高校時代は反駁原稿を作らず、資料集だけもって行きました。たくさん試合をしていたこともあってスピーチは困りませんでしたが、原稿がある方が効率的であることは間違いないです。今は原稿を作って、それを基本にスピーチしています。
 
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ナイストゥミーチュー

 投稿者:アツ  投稿日:2006年 7月 8日(土)22時02分51秒
  東海のものです。はい、予選迫ってます(汗)
ニーニャさんとかぶるようで申し訳ないのですが、前々からお尋ねしたかった疑問なのです。

肯定側で、「現状分析」とか「内因性」っていう議論が最初に出てくるじゃないですか。
その内因性自体への反駁ってのはどのようにすれば有効になりうるんですか?
"内因性自体への反駁は意味が無くて、内因性とメリットを関連づけた上で反駁をしていくのが筋だ!"と僕は今まで勝手に思っていたんですが。

内因性への攻撃はどのような形に持っていけば、大きな議論になりうるってか審判の印象が強くなるのか教えて下さい。

PS、反駁原稿(その原稿を棒読みしてもいい程度のもの)って作るのが当然なんですよね?
   反駁資料を揃えとくだけじゃなくて。
 
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